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韓国から五〇km足らずの位置にある国境の島・対馬。よく晴れた日には、韓国の山々や釜山の街の灯りが見える。この山ばかりの島は、ながく朝鮮半島と日本をつなぐ交流の架け橋であり、またある時には、戦争の舞台や前線基地ともなった。倭寇、宗氏、その家臣団、貿易商人、農民や海民たち。この島に生きる人びとは、朝鮮半島や九州と多様な関係をもってきた。東アジア世界の変容や日本国内の動向が、この島にもたらしたものは何であったのか?今日まで続く対馬と朝鮮半島との交流の原点を中世にさぐる。
中世の対馬と海峡1 応永の外寇から平和通交の時代へ(応永の外寇拘留された人びと通交の制限から条約締結 ほか)2 外交官・通交者・商人・海民(中世対馬の外交官・宗国幸一族宗国幸家の朝鮮貿易『海東諸国紀』にみえる大浦宗氏と朝鮮 ほか)3 三浦・後期倭寇・遺跡(三浦恒居倭の活動対馬と三浦三浦恒居倭の終焉 ほか)近世へ、そして現代へ
東アジア世界の変容や日本国内の動向が,対馬にもたらしたものとは。今日まで続く対馬と朝鮮半島との交流の原点を,中世にさぐる。